妻の乳がん告知と、私の後悔(後編)

帰宅と感謝

仕事を終え、自宅へ帰ろうと歩き出したものの、足が重く前に進みません。
なぜか——。
それは、妻にどう接したらいいのか、何と声をかければいいのか…考えれば考えるほど答えが見つからず、不安を抱えたまま帰路についたからです。

玄関のドアを開けると、リビングに妻がいました。
私も妻も、そのとき何を話したのか覚えていません。
きっと「いつもと変わらないように」振る舞ったのでしょう。
今となっては想像でしかありませんが、互いに相手を心配させまいと、無理に明るく接していたに違いありません。

恐ろしいことに、妻は受診した病院からどのようにして帰ってきたのか、その記憶がないと言います。
私も、その日の細かい会話や表情を思い出せません。

ただ一つ、あの日、無事に妻が家に帰ってきてくれたこと——その事実だけに、深く感謝しています。

そして、もう一つの感謝は、病院受診を薦めてくれた妻の親友へのものです。
実は、その親友は妻が受診した病院の看護師で、がんの告知を受けた後も、時間の許すかぎり妻のそばに寄り添ってくれました。
妻は一人ぼっちではなかった」——そう思うと、今でも涙があふれてきます。

そして後に、私自身もその親友に助けられることになるとは、その時は想像もしていませんでした。
本当にありがとう。あなたの存在が、私たち夫婦にとってどれほど大きな支えとなったことか。

私にできること

電話で妻が「乳がん」だと告げられてから帰宅するまでの間、私は必死に情報を集めていました。

手術や治療法」「抗がん剤治療」「副作用」「食事」さらには「民間療法」まで――。

とにかく一つでも役立つものを探し出そうと、頭の中はそのことでいっぱいでした。

その瞬間、私にできることは、情報を集めることしかないと信じていたのです。

その日の夜、子どもたちが眠ったあと、私は昼間に必死に集めた情報を思い切って妻に伝えました。
けれども、おそらく妻が本当に望んでいたのは、そんな話ではなかったのだと思います。

静かに妻は口を開き、「がんを摘出する手術を受けることにする。だから一度、担当の先生と一緒に話を聞いてほしい」と言いました。
本当は、不安で泣きたかったのかもしれない。胸にあふれるさまざまな感情を、ただ私に受け止めてほしかったのかもしれません。
そのときに必要だったのは、調べた情報ではなく、私たちのこれからについて語り合うことだったのだと、後になって感じました。

もしあのとき、妻の言葉に耳を傾け、ゆっくり話を聞いていたなら――少しでも妻の気持ちは楽になったのではないかと思うのです。

最後に

今になって、少しずつわかってきたことがあります。
病気と向き合うのは、本人だけではなく、家族もまた試されているということです。
そして「支える」とは、必ずしも正しいことをすることではなく、ただ「そばにいること」──それだけで十分なときもあるのだと気づきました。

妻の治療は今も続いています。これまで僕たちは、泣きたいときには一緒に泣き、その場で話せなくても後で思いを伝え、少しずつ言葉を交わしてきました。そうして時間を重ねる中で、夫婦としての距離をまた取り戻せてきたように思います。

もし、大切な人が乳がんの告知を受けたなら──
「何かしなければ」と焦るよりも、まずはその手を握って、ただ一緒にいてあげてください。ゆっくり耳を傾けてあげてください。
その温もりこそが、どんな言葉よりも、何よりも大きな力になるのだと思います。

コメント